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札幌地方裁判所 昭和48年(レ)21号 判決 1975年12月23日

控訴人

木戸成茂

右訴訟代理人

畑中広勝

外一名

被控訴人

天理教苫小牧分教会

右代表者

江本春一郎

主文

一  控訴人の当審における主位的請求を棄却する。

二  本件控訴を棄却する。

三  当審における訴訟費用はすべて控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、控訴人

1  原判決を取消す。

2  主位的請求

(一) 被控訴人は控訴人に対し別紙第二目録記載の板塀付木柵およびその他の障害物件を撤去せよ。

(二) 被控訴人は別紙第一目録記載の土地につき控訴人の通行を妨害してはならない。

3  予備的請求

(一) 控訴人が別紙第一目録記載の土地につき囲繞地通行権を有することを確認する。

(二) 主位的請求の(一)(二)と同旨

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

主文第一、二項同旨

第二  当事者の主張

一、控訴人(請求原因)

1  通行地役権に基づく請求(主位的請求)

(一) 通行地役権の設定

(1) 被控訴人はもと江本春一郎がその代表者である宗教団体であつたが、その後宗教法人となつたものである。

(2) 訴外高橋孝、同高橋キミ、同高橋勝、同高橋チエ、同高橋寿(以下訴外高橋孝外四名という)は、もと苫小牧市寿町二丁目五二番一一宅地893.28平方メートル(以下甲地という)を所有し、またこれに隣接する同番七境内地五〇五平方メートル(以下乙地という)をも所有していたが、昭和二五年一〇月一六日右宗教団体代表者江本に対し右乙地を売却した。

(3) ところで昭和二五年一〇月一六日当時乙地の一部である別紙第一目録記載の土地(以下本件土地部分という)は、甲地から、北側にある市道に通ずる通路として使用されていたが、右乙地売買の際江本は通路部分を現況のまま買い取る旨約し以て江本はその時訴外高橋孝外四名に対し本件土地部分につき右甲地を要役地とする通行地役権を設定したものである。

(二) 通行地役権の時効取得

仮に前記地役権の設定の事実が認められないとしても、訴外高橋孝外四名は甲地を賃貸していたが昭和二五年一〇月一六日には既に本件土地部分に通路を開設し、以来甲地の賃借人らをしてこれを通行せしめていた。

よつて訴外高橋孝外四名は遅くとも昭和四五年一〇月一六日に本件土地部分につき、甲地を要役地とする通行地役権を時効により取得した。

(三) 賃借権に基づく地役権の代位行使

(1) 控訴人は訴外高橋孝他四名から、昭和四四年三月一〇日同人ら共有の甲地のうちの北側部分185.57平方メートル(以下丙地という)を建物所有の目的で賃借し、その上に木造亜鉛メッキ鋼板ぶき二階建居宅を所有している。

(2) 被控訴人は昭和四五年一二月本件土地部分に別紙第二目録記載の板塀付木柵およびその他の障害物を設け本件土地部分の通行を妨害するに至つた。

(3) よつて控訴人は訴外高橋孝外四名の有する通行地役権に基づく妨害排除ならびに予防請求権を代位行使して右妨害の排除ならびに予防を求める。

2  囲繞地通行権に基づく請求(予備的請求)

(一) 囲繞地通行権の存在

(1) 控訴人は前記の如く、昭和四四年三月一〇日訴外高橋孝外四名からその共有にかかる甲地のうち北側の丙地を建物所有の目的で賃借し、その上に木造亜鉛メツキ鋼板ぶき二階建居宅を所有している。右甲地の周囲の土地の現状は別紙図面第二のとおりであり、甲地は全体としてみれば南側において公道に接しているため訴外高橋孝外四名との関係では袋地ではないが、賃借されている丙地自体は他の土地に囲繞されて公道に通じていないものである。即ち右丙地は甲地のうちの丙地以外の部分、前記五二番四、乙地、同番八、同番一二の各土地に囲繞されており、甲地のうち丙地以外の部分および五二番四は訴外高橋孝外四名の所有であるが何れも同人らによつて他に賃貸中のものであり控訴人の賃借している土地に接する部分には塀があり通行不能のうえ、乙地は被控訴人の所有、その他の土地もいずれも第三者の所有しているものである。

(2) ところで右丙地を囲繞する各土地は昭和二五年一〇月当時一筆の土地ですべて訴外高橋孝外四名の共有であり同人らによつて夫々区分して賃貸されていた。即ち丙地は訴外橋本元次郎が、甲地のうち丙地以外の部分は訴外株式会社日本通運および訴外中居庸が、同番四は訴外高田吉助が、乙地は被控訴人代表者江本春一郎が、同番八は訴外笹木義男が、同番一二は訴外大郷正太郎が賃借して各々家を建て塀をまわしており、その後訴外高橋孝外四名は昭和二五年一〇月ころ右五二番の四および甲地を除いた各土地を各々の借地人に(同番七の場合は被控訴人に)売渡し、これにより賃借地たる丙地自体は袋地となつたものである。

(3) 以上の次第で控訴人は袋地通行権を取得したものであるところ丙地から北側の市道へ出るためには本件土地部分を通行しなければならないが、右土地は被控訴人所有の乙地のうち東端の部分であり、現にこれまでに通路として使用されてきたもので、被控訴人の損害のもつとも少い所である。

(4) 本件土地部分の幅員は、通路としての性質上必要最少限必要とされる程度のものである。

北海道建築基準法施行条例第四条は、公道から敷地までの距離が一五メートルを越え二五メートル以下の場合は、公道に通ずる道路を幅員三メートル以上とすることを定めている。これは火災等の災害時の避難や消防車等の救護活動を念頭において定められたものであり、ちなみに苫小牧市の消防車の幅は2.44メートルであり、これに道路幅の余裕を加えて考えれば、道路幅としては最低三メートルは必要である。

(二) 囲繞地通行の妨害

(1) 被控訴人は前記のように昭和四五年一二月本件土地部分に別紙第二目録記載の板塀付木柵およびその他の障害物を設け本件土地部分の通行を妨害するに至つた。

(2) よつて、控訴人は、本件土地部分につき自己の有する囲繞地通行権の確認およびこれに基づき右妨害の排除および予防を求める。

二、請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)の(1)、(2)の各事実は認め、(3)の事実は否認する。

2  同1の(ニ)の事実は否認する。

3  同1の(三)の(1)、(2)の事実は認め、(3)の請求は争う。

4  同2の(一)の(1)および(2)の事実は認め、(3)および(4)の事実は否認する。

5  同2の(二)の(1)の事実は認め、(2)の請求は争う。

第三  証拠<略>

理由

一地役権の設定契約について

請求原因1の(一)の(1)、(2)の各事実については当事者間に争いがない。

<証拠>によれば苫小牧市寿町二丁目五二番一一宅地(甲地)はもと同番の一ないし一〇、同番の一二、一三と共に旧同番一の一部であつて、右旧同番一は訴外高橋孝所四名の所有であつたこと右旧同番一は昭和二七年二月二六日に同番の一ないし一一に分筆され、次いで右同番一〇は昭和三三年一二月一六日に同番一〇および一二に分筆され、又右同番七は昭和三四年一一月二四日に同番七および一三に分筆されたこと、同番一一(甲地)はその南側は公道に接しているが、同番三、同番四、旧同番七、同番八、旧同番一〇によりその他の三方を囲まれていること、そして同番一一(甲地)の北側は旧同番七に接し、旧同番七の北側は公道に接していることが認められる。

ところで<証拠>によれば、訴外高橋孝外四名は前記旧同番一を夫々区分して賃貸していたこと、即ち同番一一(甲地)相当部分を丙地とその余の部分とに区分して夫々賃貸し、又旧同番七相当部分を被控訴人に、同番八相当部分を訴外笹木義男に、旧同番一〇相当部分を訴外大郷正太郎に、同番三相当部分を訴外松崎藤太郎に、同番四を他に夫々賃貸していたこと、そして当時丙地からは甲地を通つて南側公道へ通ずる幅約八〇糎の通路が設けられてあり、丙地賃借人はこれを通つて南側公道へ出ていたこと、又丙地賃借人は旧同番七のうち本件土地の一部を通つて北側公道へも出ていたが、その部分は幅約二米のものであつたことが認められる。

しかるところ<証拠>によれば、訴外高橋孝外四名は昭和二五年一〇月一六日頃にいたり旧同番一のうち同番一一(甲地)、同番一および同番四相当部分を留保し、その余の部分を当該賃借人に売渡したこと、即ち旧同番七相当部分を被控訴人に、同番八相当部分を訴外笹木義男に、旧同番一〇相当部分を訴外大郷正太郎に、同番三相当部分を訴外佐々木重蔵に夫々分割して売渡したこと、しかして訴外高橋孝外四名は右売渡に当り被控訴人との間で、特に現状の儘これを売渡す旨特約したことが認められる。

しかし乍ら<証拠>によれば、訴外高橋孝外四名は右売渡に当りその目的土地の公簿上の面積と実測面積との差からの紛争を防ぐ必要性のあつたことが認められ、又<証拠>によれば当時本件土地のうち西側部分は被控訴人方の畑として使用されており、又本件土地のうち東側には訴外笹木義男方物置が約一米三〇糎はみ出して建築されていたが昭和四四年頃にいたり漸く改築のためこれを収去したことが認められるから前示丙地賃借人が北側公道に出るため通つていた本件土地の一部分は通路として施設されていたものではなく、かつその範囲が明確になつていたものではなく、空地状の部分を便宜上通行していたに過ぎなかつたものであることが明らかである。<証拠判断省略>。そのうえ本件につき通行地役権設定契約書を作成したことも、償金を定めたことも認める証拠のないこと、ならびに、前示の如く丙地にとり公道に出るためには本件土地部分の通行は必ずしも必須のものではなかつたことを併せ考えると、右特約締結の事実から訴外高橋孝外四名と被控訴人との間で甲地を要役地として乙地のうち本件土地を承役地として通行地役権が設定されたものと解することは困難である。

他に右地役権設定契約成立を認めるに足りる証拠は存しない。

二地役権の時効取得について

地役権は「継続かつ表現のもの」に限り時効により取得することができるのであつて、通行地役権の時効取得には通路の開設がなされ権利の内容実現が外部から認識されうることが要件と解される。ところで本件においてこれをみるに、昭和二五年一〇月一六日ころ丙地賃借人のため通行に供されていた部分は本件土地の一部分に過ぎず、かつその範囲も明確でなく、単に空地状の部分を便宜上通行していたに過ぎなかつたものであることは前示のとおりであるから、本件土地部分につき通路が開設されたものということはできない。してみると通路の開設の事実が認められない以上、本件土地部分につき通行地役権を時効取得した旨の控れ訴人の主張は理由がない。

三囲繞地通行権について

控訴人が昭和四四年三月一〇日訴外高橋孝外四名からその共有の千歳市寿町二丁目五二番一一(甲地)のうちその北側に位置する部分(丙地)を建物所有の目的で賃借し、同地上に木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅を所有していることは当事者間に争いがない。

ところで右五二番一一(甲地)は全体として見ればその南側は公道に接しているものの、そのうちの丙地について見れば、甲地のうちのその余の部分、同番四、同番七、同番八、同番一二、により囲繞されていて公路に通じていないものであること、そして右甲地のうち丙地を除いたその余の部分および同番四は右訴外高橋孝外四名において他に賃貸しているものであり、同番八、同番一二は夫々第三者の所有に属し、又同番七(乙地)は被控訴人の所有に属するものであることは当事者間に争いがない。

ところで、囲繞地通行権は隣接する不動産の利用関係の調整を目的とする相隣関係の一つであるから、民法第二一〇条一項が本来囲繞地通行権の権利主体として土地の所有者を予定していたとしても、囲繞地通行権の理念である利用関係の調整は単に所有者間にとどまるものではなく、賃借権者との間においても利用関係の調整が必要とされる以上、その性質に反しない範囲および態様において賃借権者と隣接地所有者との間の関係にも準用されうるものと考えるべきである。もつとも、囲繞地通行権は袋地の利用のために囲繞地を利用することを請求しうるという物上請求権的権利であるから、袋地の賃借権者に民法第二一〇条以下の規定を準用して囲繞地通行権を認めるにあたつては、その袋地の賃借権が第三者に対しその権利性を主張しその妨害を排除しうる場合に限られるものと解され、従つてその賃借権が第三者に対する対抗要件を具備している場合でなければならない。

しかるに本件においては、控訴人は右対抗要件の具備について主張することなく、また原審における控訴人本人尋問の結果によれば控訴人は右丙地上の建物につき未だその所有名義に所有権保存登記ないし所有権移転登記を経由していないことが認められる。してみると控訴人は丙地賃借権に基き直接第三者に対し物権的請求権を有しえないものであるから、この点において既に囲繞地通行権を主張しえないものといわなければならない。

のみならず、公路に面する一筆の土地の所有者が、その土地のうち公路に面しない部分を他に賃貸した場合には、公道に面するその残余地の通行について別段の特約をしない場合でも、所有者は賃借権者に対しその残余地を通行させる義務を負う結果、その賃借地は袋地になるものではないと解されるのと同様、右において公路に面する残余地が所有者によつて他に賃貸された場合において所有者を通して各賃借人相互間の土地利用関係の調整がなされ、公路に面した賃借人が公路に面しない他の賃借人に対しその賃借地を通行させる義務を負担している時は、公路に面しない賃借地はなお公路に通じているものといえるから袋地といえないものと解すべきである。

そこで本件丙地についてこれをみると、現時点において甲地のうち丙地以外の部分は、所有者たる訴外高橋孝らによつて他に賃貸され、しかも控訴人の賃借している丙地と、甲地のうちのその余の部分との境界には控訴人により設置された塀が存在し、その結果甲地のうち丙地以外の部分を通つて南の市道へ通行することが、事実上不可能であることは当事者間に争いのないところである。しかし、乙地が被控訴人に売渡された昭和二五年一〇月当時には、前記認定のように甲地のうち丙地以外の部分は訴外高橋孝らによつて既に他に賃貸されていたが、各賃借人相互間において利用関係の調整がなされていて、丙地のため南の市道への通行権が確保されていたことが認められるから、丙地が右時点で公路に通じていなかつたものとは認められず、したがつて丙地が袋地になつたと云うことはできない。そして右認定は、昭和二五年一〇月当時本件土地部分のうち事実上の通行に供されていた空地部分の幅員が約二米程で、これに比べると南の市道に至る通行部分の幅員が八〇糎で狭かつたとしても、その当時としては八〇糎程の幅員をもつて十分であつたものと考えられ、また所有者を通じてその幅員の拡張をはかる余地がないわけでもないので、そのこと自体によつて左右されるものではない。そして右のように丙地が昭和二五年一〇月時点で公路に通じていなかつたものといえない以上、民法第二一三条の趣旨に照らしその後になつて丙地と甲地の丙地以外の部分との境界上に控訴人により塀が作られ、南の市道に至ることが事実上不可能になつたとしても、丙地の賃借人たる控訴人につき本件土地部分について囲繞地通行権を有することとなるいわれはない。

四結論

以上のように、控訴人の各請求はいずれも理由がないので、当審における主位的請求はこれを棄却し、原審判決は結論において正当であるから本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(磯部喬 小田耕治 平沢雄二)

第一目録

苫小牧市寿町二丁目五二番地の七

境内地 五〇五平方メートルの内東側99.266平方メートル(別紙第一図イ、ロ、ハ、ニ、イを直線で囲んだ部分)

第二目録

右土地に直径一〇センチメートル丸太八本を約三メートル間隔に配しタルキ板を渡し一部板塀を施した地上約一メートル全長二四メートルの木柵並に右木柵周辺に存する古材木、鉄屑その他の廃棄物件一切

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